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靴とともに歩んできた。靴職人・五宝賢太郎 (前編)

東京・六本木駅から徒歩10分ほどの場所にある「グレンストック」。人通りの多い繁華街から一本外れた路地にある、シューリペアとオーダーメイドをおこなうヨーロッパスタイルの靴工房だ。その店主、五宝賢太郎(ごほうけんたろう)は多数の海外高級ブランドのシューズ製作も手がける業界を代表する靴職人である。小学生の頃から靴を作り続け、まさしく靴とともに歩んだ人生を送ってきた生粋の靴職人に、これまでの話を訊いた。


「足」に興味を持つ


──「靴職人」という仕事に就こうと思ったのはいつ頃ですか。

五宝
 小学生の頃からずっと靴は作っていたんです。一番古い記憶は、小学3年生の時です。クラークスのワラビーという靴を親父が履いていたのを見て、ティッシュケースを材料にして見様見真似で作ってみたんです。それを夏休みの自由研究として提出したらみんなから褒められた。初めてのシグネチャーモデルです(笑)。そこから靴作りにはまりました。
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── その経験から、靴職人へまっしぐらという感じですか?

五宝
 いや、本当の意味で「靴」に興味を持ったのは高校生の時でした。当時、靴作りももちろんやっていましたが、同時に部活のバスケットボールを真剣にやっていたんです。ただ2年生のインターハイ前に足首を折ってしまった。結構大怪我で、今も足首は人工関節なんです。チタンやら何やらを埋め込むわけですけど、その時に主治医の方が「あなたの足だから」と、どの骨を取り除いてチタンにするのか、細かく熱心に教えてくれました。そこではじめて「足」に興味を持ったんです。

── それまでは外から見える靴のデザインの部分にしか注目していなかったと。

五宝
 そうです。それまで自分が作っていたのは、いわばオブジェだったんですね。靴の形はしているけど、履物としての靴ではなかった。自分の怪我から、足の機能を高めるための、靴のプロダクトとしての側面を意識するようになりました。

── 靴の本質を意識するようになり、大学ではどのようなことを学びましたか。

五宝
 ちょうど茨城大学にプロダクトデザイン学科ができるタイミングで入りました。ただ、大学で靴作りを教えられる先生がいなかったので、埼玉の蕨(わらび)にあった靴工房に通って、親方の手習いから始めました。

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