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手塚治虫になりたかった少年 (前篇)

画家・黒田征太郎は1969年にはワルシャワ国際ポスタービエンナーレ賞、1985年講談社出版文化賞さしえ賞、1987年には日本グラフィック展「1987年間作家賞」、2004年にはビーボディー賞などの数々の賞の受賞歴を持ち、現在は大阪心斎橋のBIGSTEP内にギャラリースペース「KAKIBA」を主宰するなど、精力的に活動している。黒田征太郎とともに、彼の生まれ故郷の大阪の街を歩いた。

心斎橋のアメリカ村には黒田の作品がビルの壁画として、数多く飾られているのを目撃する。活気ある大阪のエネルギーを押し上げるように黒田のイラストレーションは勢いと鼓動を伝える。
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黒田は1939年大阪の道頓堀で生まれた。征太郎という名前は父がつけた。5歳まで道頓堀近くの二ツ井戸、今の文楽座近くの一軒家で育った。黒田の父は若い頃は筑豊で石炭産業に従事していた。沖仲仕(おきなかし)を経て鉄工所経営をして一旗をあげた立志伝のような人物であった。母は芸者だった。黒田が花街の雰囲気に今でも魅かれるのは、母の奏でる三味線の音色が記憶に残っているからだろう。
黒田の絵の道は手塚治虫からはじまる。9歳の時、今の小学生、最後の国民学校生であった。戦後闇市を通って松屋町を母親と歩いていると道端に木箱の上に売られていた本の中に、手塚治虫『新宝島』が山積みして売られていた。

「表紙でもうやられた。輝いていました。母に泣いてせがんで買ってとお願いするも、『あかん、あかん』と言われた。泣き叫ぶとしぶしぶ買ってくれました。家に帰って1ページ目を開けたら扉に『冒険の海へ』とタイトルがあった」

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